「何か」についての感想メモ

個人的な読書感想メモ。なにかの足しに。

No.3

タイトル「慣れる」
メディア:電子書籍『瞬殺怪談』(竹書房)2016.8.1
作品の初出:『懺・百物語』
著者:伊計翼

○感想
自宅で起きる怪異は厄介の一言。何が不思議かと言えばやはり自宅の中にいつの間にか老人がいるというのは常識から離れた事態であり、そのように見える何かが存在することだ。
この話は最終的に因果に回収されているが、よくよく考えてみたい。もしこれらが祟りによるものではなく、単なる幻覚だとしたらどうか? 気配を感じるというのは思い込みかもしれないし、自分の身体の感覚が何らかの原因で自己イメージと上手く統合されてないのかもしれない。バスルームで聞こえる泣き声については、マンションやアパートの通気配管を伝わり思いもよらない場所の声が実際に聞こえてしまってるようにも思える。部屋に現れた老人も幻覚かもしれない。唸り声で目が覚めた、ということ自体が夢の中の出来事である可能性がある。実際にあった出来事の証左として首に付いた跡があるが、それは夢遊病よろしく自分で寝ている間に首を締めたのかもしれない。これらの出来事が闇金に勤めていることのストレスや罪悪感から来るとすれば、仕事を辞めたことで怪異が収まってもあり得なくもないような気がするがどうだろう。もしくは、老人が空き巣のようにたまたま窓が開いてたのを利用して侵入した、と考えてもよいだろう。寝起きで寝ぼけており、夢の中のイメージと混ざって、天井云々があるのかもしれないし、実際そうしていたのかもしれない。何もない空間に現れたり消えたりするのを目撃した訳でもないので、実際に生きてる人間であるという疑いは残る。また、祟りというか、因果に回収されるのが嫌いな人はこれが体験者の職場とは実は何の関係もなく、元々部屋にいた怪異が仕事のストレスによりたまたま波長が合ったことで見えるようになったと考えることもできる。
瞬殺怪談はその情報量の少なさから、色々と空想を遊ばせる余地があって面白い。