「何か」についての感想メモ

個人的な読書感想メモ。なにかの足しに。

No.1

タイトル「駆け込み」

メディア:電子書籍『瞬殺怪談』(竹書房)2016.8.1

作品の初出:『「超」怖い話E』

著者:平山夢明


○感想

実話怪談は体験者の見聞きした情報で構成されるため、基本的に体験者の一人称視点である。そしてそれを著者が語るという形式で、大体は「彼は、何々さんは」という三人称的な語りになる。主語を「私」とする一人称的な語りは、著者自身の体験もしくは体験者自身の語りの再現以外では基本的に採用されない。だがこの話では臨場感とスピード感を出すためか、主語を省略しており、意識しなければ一人称的な語りとしても自然に読めるようになっている。主語を省略しても乗り切れる瞬殺怪談の短さを利用した面白い書き方である。また実話怪談の特性として、小説のような視点の混乱が少ないため動作や認識の主体が分かりやすく、主語を省略しやすいというのもあるだろう。

話の骨格はシンプルである。日常生活におけるある場面で体験者が変なもの、コレと言い難い「何か」を目撃し、恐怖を感じる、というもの。瞬殺怪談は余白が多く、読者の想像に委ねられる部分が多くある。この話における「何か」である「黒い影」は、見た目が「黒い影」としか描写されない。この単語から人型のものを想像してしまうが、全くそのようには書かれていない。人型ではないと仮定してみると、自然とそれ以外の形態に心が向かい、結果として私は黒猫を思い浮かべた。そうしてみると、「妙な声」も、人間では滑り込めない隙間から「ひゅるっと」乗り込む軽やかさも、猫のそれに思えてくる。黒猫を病的に恐れる体験者を想像し、なぜそこまで恐れるのか、描写の少なさがそもそも目を向けたくない心理の現れにも思えてきて面白い。

怪談とは「不思議な話」であるが、この話では何が不思議かというと、「黒い影」の存在である。ただ「黒い影」としか認識できないものが音を出したり動いたりして存在するというのは私たちの常識から離れたことで、ひとまず、「存在の不思議」としておこう。